ボストンとMIT、そしてウォータータウンへ(1)


そのニュースは5月16日の早朝(日本時間)、ボストンからのEメールで知らされました。
「ボストンで爆弾テロ!」、改めて朝のニュースで確かめてその事実に驚きました。
アメリカの中でも治安の良い街として知られるボストン。しかも、世界最古(1897年が最初)の歴史を誇るマラソン大会中に起きたできごとでした。

そのボストン・マラソンはアメリカの独立戦争の開戦を記念して、「愛国者の日(Patriots’ Day)」の4月第3月曜日に、毎年開催されています。
今年の第117回大会もボストン郊外のホプキントンをスタート地点として、街の中心地のコプリー広場(Copley Square)に至る、42.195kmの片道コースで行われました。
その最中、多くの人達で賑わうフィニッシュ地点手前で1回目の爆発があり、続けてその約100m手前で2回目がありました。

Boylston_St

ボイルストン通り

以前の記事(月9とボストン)で紹介したボイルストン通りにおける惨事でした。丁度、その2箇所が写った写真があります。

写真は普段のボイルストン通りです。
時計台の塔がある建物(Old South Church)の手前がマラソンのゴールです。この付近が最初の爆破地点です。そして、正面の信号の先が2度目の爆破地点です。
事件現場付近の地図はこちらです。

この爆発で3人が亡くなり、300人近い人々が負傷するという事件に発展しました。

MIT

ボストン側から見たMITの様子

その後の経過としては、3日後の18日(現地時間)に容疑者2人の写真公開の後、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、通称MIT)付近で銃撃戦があり、大学の警備警官が犯人に射殺されています。
MITはボストンの中心地からチャールズ川(Charles River)を隔てた対岸にあります。同じケンブリッジ市にあるハーバード大学と並んで、全米有数の名門大学です。

そして翌19日、チャールズ川の上流に位置する近郊のウォータータウン(Watertown)における銃撃戦で犯人1人が死亡、その後もう1人の捜索と逮捕で結末を迎えます。
結局、犯人はチェチェン共和国出身の移民(チェチェン難民)の若い兄弟だった訳です。

この事件はイスラム教との関係もあり、2001年の9.11の同時多発テロ事件を思い起こした人も多かったと思います。確かに9.11における飛行機はボストンのローガン国際空港を飛び立った便でした。
世界からの留学生を含む多くの学生が暮らすボストンです。この街が、こういった事件の舞台となる一つの理由かも知れません。

本来であれば、一斉に花々が咲き出し、ボストンの春を告げるイベントであった筈のボストン・マラソンです。
改めて、元の平和で暮らし易いボストンに戻ることを祈ると共に、犠牲者並びにその家族に哀悼の意を表します。

さて、この時期になると事件現場の直ぐ先にあるボストン・パブリック・ガーデン(Boston Public Garden)にはアリウム・ギガンジウムの花が一杯に咲き誇り、リスや水鳥が戯れ、池にはスワン・ボートが周遊します。

GiganteumSwan_boat

そのボストンにおける平和な時間を綴ったYuki Kanesaka(monolog)の楽曲があります。

Yuki KanesakaPeaceful Family
http://www.youtube.com/watch?v=Hen6tdRLmLs (YouTube)

彼のスタジオ(Komugiko Studio)は爆発現場の至近距離であり、爆発の音はレコーディング作業中のその場所にも響いたそうです。
その後の混乱や事件の恐怖体験も収まり、現在日本で演奏ツアー中です。
GW中の「monolog “JAM” Festival」は多くの参加者を得て、各会場共に「音楽によるコミュニケーション」が図れたとのことです。別の機会にその様子を紹介できればと思います。

ところで、先の爆発事件に関わる場所「ボストンとMIT、そしてウォータータウン」ですが、ある人物に縁(ゆかり)のある地名として記憶に残っていました。
トム・シュルツ(Tom Scholtz、1947年 -、オハイオ州出身)その人です。
ロック・グループ「ボストン(Boston)」のリーダーと言うより、シュルツのソロ・プロジェクト「ボストン」と言った方が良いかも知れません。
デビュー曲であり代表曲の「ボストン|宇宙の彼方に(原題:More Than A Feeling)」があります。日産のエルグランドのCMでも使われた事があるので聴き覚えがあると思います。

エルグランドCM NIGHT FLIGHT (夜間飛行) 篇
http://www.youtube.com/watch?v=tKOyQ7ZUekA (YouTube)

この演奏はカバー・バージョンのようですが、オリジナル・バージョンはこちらです。

BostonMore Than A Feeling
http://www.youtube.com/watch?v=EaqC6McHjio (YouTube)

そのボストンの最初のアルバムは1976年にリリースされた「幻想飛行(原題:Boston)」ですが、基本的にシュルツが一人で創り上げた多重録音によるデモ・テープの音源が始まりでした。
「No Synthesizers Used(シンセサイザーを使用せず)」「No Computers Used(コンピューターを使用せず)」と云う有名なクレジットが、そのアルバムには記(しる)されています。
前にも紹介したソニー・ロック名盤100選から「レガシー・レコーディング・シリーズ」の「Blu-spec CD2」で発売されています。

幻想飛行

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シュルツがコツコツと多重録音によるデモ・テープ作りに励んだのは、MITで機械工学(修士)を学んで、シニア・プロダクト・エンジニアとしてポラロイド社(Polaroid Corporation、2008年経営破綻)に勤務していた頃です。
その場所は、ボストン郊外のウォータータウンの自宅アパートに構築したスタジオでした。
今で云う「宅録」の先駆者だと思います。但し、今のデジタル一辺倒ではない、究極のアナログによるシステムだったと思います。

ボストンとMIT、そしてウォータータウンへ(2)へ続く

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