時代の変化と流行り歌「高度経済成長」~「平成元年」


歌はその時代時代でヒット曲がでてきます。もちろん、長く歌い継がれる曲もたくさんありますが、時代背景の移り変わりとともに、流行る歌も変わってきたと思います。私たちの生きてきた時代を振り返ってみても・・・、

1960年代、戦後の貧しい時代から、「高度経済成長」と呼ばれる豊かさを享受する時代と変わってきて、生活習慣も大きく変りました。
東海道新幹線が開業、東京オリンピック、テレビの普及、東名・名神・中央などの高速道路の開通、海外旅行ブーム、など、全てが前向きな方向に向かっていて、ひとりひとりが「夢」を持てる時代だったと思います。

1960年代、その象徴的流行り歌は、本ブログ”「ワールドクラスの「上を向いて歩こう(SUKIYAKI)」”で紹介しましたが、やはり、坂本九の「上を向いて歩こう」だったと思います。

坂本九|上を向いて歩こう
https://www.youtube.com/watch?v=bbH754gScuk (YouTube)

上を向いて歩こう

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「上を向いて歩こう」(海外では「スキヤキ、SUKIYAKI」と言う題名)は、作詞は永六輔、作曲は中村八大。ビルボード(Billboard)誌、キャッシュボックス(Cashbox)誌で、1963年6月アジア圏歌手唯一となる週間1位にランクされました。アメリカ国内でのレコード売上が100万枚を突破し、翌1964年5月外国人としては初めての全米レコード協会のゴールドディスクも受賞しました。もちろん、日本国内でも爆発的ヒット曲となりました。

その他のヒット曲も、明日に希望を持ち、夢をもつ曲が多くありました。

1962年 いつでも夢を(橋幸夫・吉永小百合)
1963年 若い季節(ザ・ピーナッツ)
学園広場(舟木一夫)
1964年 明日があるさ(坂本九)
君だけを(西郷輝彦)
幸せなら手をたたこう(坂本九)
1965年 君といつまでも(加山雄三)
1968年 三百六十五歩のマーチ(水前寺清子)

1970年代に入ると、高度経済成長傾向はピークを迎え、「オイルショック」後、低成長時代を迎えます。学生運動も退潮し、何かに向かって情熱をぶつけようという、若さの熱いエネルギーのようなものが失われていきます。物質的豊かさから、心の豊かさを求める傾向が見えてきます。

1970年 黒ネコのタンゴ(皆川おさむ)
1971年 わたしの城下町(小柳ルミ子)
知床旅情(加藤登紀子)
また逢う日まで(尾崎紀世彦)
1972年 女のみち(宮史郎とぴんからトリオ)
1973年 学生街の喫茶店(ガロ)
神田川(かぐや姫)
1974年 なみだの操(殿さまキングス)
あなた(小坂明子)
1975年 シクラメンのかほり(布施明)
時の過ぎゆくままに(沢田研二)
1976年 およげ!たいやきくん(子門真人)
木綿のハンカチーフ(太田裕美)
1977年 渚のシンドバッド(ピンク・レディー)
カルメン’77(ピンク・レディー)
S.O.S(ピンク・レディー)
1978年 UFO(ピンク・レディー)
サウスポー(ピンク・レディー)
モンスター(ピンク・レディー)
1979年 魅せられて(ジュディ・オング)
関白宣言(さだまさし)

1970年代世相を反映したヒット曲も数多くありました。今まで「成長傾向」一筋に全く疑いを持つ必要が無かった時代が終り、次に来る時代の不確実性が、漠然とした不安が「黒ネコのタンゴ」、「女のみち」、「なみだの操」等の何故かわからないが魅かれる歌、というようなヒット曲を生んだと思います。そして、1970年代後半は、何と言っても「ピンク・レディー」一色だったように思います。

ピンク・レディーは、「ミー(現:未唯mie)」と「ケイ(現:増田恵子)」のデュオ。ほとんどの曲を作詞阿久悠、作曲都倉俊一が手がけ、全ての曲が50万以上のヒット曲となりました。

ピンク・レディーは明るく健康的な色気を売りにしていました。そして、何よりも、二人が踊る「振り付け」を、子供から若い世代が覚えて真似をし始め、一代ブームとなり、老若男女に受け入れられ、全国的に幅広く人気を獲得することに成功しました。レコード以外に、衣料品、文房具、食器、自転車、食品など多くの商品にキャラクターが使われ、「ピンク・レディー」の存在感は圧倒的に全国を風靡し巨額の経済効果をもたらしました。
ただ、その絶頂を極めた「ピンクレディー」も活動期間は4年7ヶ月とそれほど長くは無く、所属していた事務所も、解散直後に倒産してしまうという、1970年代以降の日本を予兆するかのようなグループでした。

ピンク・レディー|渚のシンドバッド
https://www.youtube.com/watch?v=_Y6OihAlq-s (YouTube)

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1980年代、中盤までは低成長時代が続きますが、超低金利政策で、1980年台後半は日本は、再び、株価、地価など資産価格の大幅な上昇が始まり、「バブル景気」時代に入ります。
日経平均株価は89年、3万8915円の史上最高値をつけ、日本企業は、海外の資産、企業を次々と買収していきました。
高級車が飛ぶように売れ、ゴルフ、スキーと行楽地は人であふれ、好景気に浮かれ「世界一の経済大国」という浮ついた自信が国全体を覆っていきました。しかしながら、学校での校内暴力、いじめが陰湿化、そして少子化など負の面も顕著になっていきました。

1980年 ダンシング・オールナイト(もんた & ブラザーズ)
異邦人(久保田早紀)
大都会(クリスタルキング)
ランナウェイ(シャネルズ)
別れても好きな人(ロス・インディオス&シルヴィア)
さよなら(オフコース)
1981年 ルビーの指環(寺尾聰)
長い夜(松山千春)
1982年 セーラー服と機関銃(薬師丸ひろ子)
北酒場(細川たかし)
悪女(中島みゆき)
チャコの海岸物語(サザンオールスターズ)
1983年 さざんかの宿(大川栄策)
氷雨(佳山明生)
キャッツ・アイ(杏里)
1985年 恋におちて(小林明子)
1986年 CHA-CHA-CHA(石井明美)
1989年 Diamonds(プリンセス・プリンセス)

1982年以降、ヒット曲もだんだんとミリオンセラーが減っていきました。ヒット曲と言われる曲も50万枚前後のレコード売上のベースになっていきました。
そして、バブル景気とともに、ディスコブームとなり、「最後の20セント」「深海魚」「泥棒貴族」、そして、お立ち台が出現する「ギゼ」「マハラジャ」「ジュリアナ東京」はメディアでも大きく取り上げられ、社会現象となりました。

ディスコブーム、そして、トレンディードラマ(「男女7人夏物語」の主題歌)を反映した一曲が、「CHA-CHA-CHA」でした。

石井明美|CHA-CHA-CHA
https://www.youtube.com/watch?v=stgSIEzLXp8 (YouTube)

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そして、1990年以降、バブルは崩壊し、「就職氷河期」や「土地価格の下落」など、日本経済の停滞が長期化し「失われた10年」と呼ばれる時代になっていきます。

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